村上華岳

Kagaku Murakami

/

大阪市生まれ。旧姓武田、本名震一。京都市立絵画専門学校卒業。年土田麦僊、榊原紫峰、小野竹喬、野長瀬晩花と国画創作協会を結成し、第1回展に涅槃図を主題とした「聖者の死」を出品。第2回展に「日高河清姫」、翌年の第3回展に「裸婦図」と前半生を代表する大作の発表が続く。持病の喘息の悪化に伴い、京都から武庫郡精道村(現芦屋市)に移る。、その後、養父の死に際し養家のある神戸市花隈へと移る。1928年の国画創作協会解散後は画壇から離れ、隠棲に近い生活を過ごし、水墨による六甲山の風景や静物、仏画など、精神性を湛えた静謐な作品を残した。

経歴

1888
7月3日、大阪天満松ケ枝町に生まれる。本姓武田、甲州武田氏の末裔。本名震一
1904
村上家を嗣ぐ。
1909
京都市立絵画専門学校に入学。1911年に卒業
1915
12月 兵庫県の人 高木よしのと結婚。届け出は翌年1月
1916
初の仏画である『阿弥陀之図』が第10回文展特選となる
1918
京都市立絵画専門学校の同窓であった華岳、土田麦僊、榊原紫峰、小野竹喬、野長瀬晩花にて、国画創作協会を結成。12月に長男常一朗が生まれる
1919
国画創作協会の第2回展に「日高河清姫図」出品。この作品は華岳の代表作の一つに数えられており、現在、東京国立近代美術館にて収蔵、重要文化財となる
1920
国画創作協会第3回展に「裸婦図」を出品。この作品も華岳の代表作の一つに数えられており、現在、山種美術館にて収蔵、重要文化財となる
1923
京都から武庫郡精道村(現芦屋市)に転居
1926
久迩宮家へ献上画を制作する。
1927
養家のある神戸市花隈旧居に帰る。この頃より画壇を遠ざかる。
1939
11月11日「牡丹図」に加筆するため礬水びきをするが、その夜に永眠する。

履歴

受賞歴

1907
第2回文展に初入選し、3等賞を受賞
1914
第19回新古美術品展にて3等賞受賞
1916
初の仏画である「阿弥陀之図」が第10回文展にて特選

コレクション

東京国立近代美術館・京都国立近代美術館・山種美術館・愛知県美術館 他